幸せになる為には、自覚的に生きている人をより多く知るという事が重要になってきます。

このシリーズでは、そのような自覚的に生きている人たちをご紹介します。


最近は日本も「ものづくり」という言葉の響きに、あまり良い印象を持てません。

製造業は、どんどん海外に追い越されている感じです。

でも、日本の経済が絶頂期にあった頃の町工場というものを一身に体現しているような人を見つけました。

高度経済成長と町工場の関係

今日ご紹介するのは、町工場のカリスマ経営者である岡野雅行(おかの・まさゆき)さんです。

岡野さんの会社「岡野工業」の製品で有名なのは「痛くない注射針」です。

他にも、マイクの網の部分を作る技術とか、電池のケースとか、化粧品やライターがカチッと閉じるしくみなど、独自の技術をたくさん開発しているそうです。

これらの技術は「しくみ」の部分なので、エンドユーザーである消費者にはメーカー名までしか伝わる事がありません。

そして、実はこういう小さな会社が少数精鋭で大きな利益を生み出していたり、その経営方針がいかに斬新で賢い戦略を取っているかという事を知る機会というのは、なかなか無いと思います。

岡野さんは既に80才を越えていらっしゃいますが、その物の考え方は時代の変化も超越した深いものだと思います。

お客様は神様ではない

岡野さんの経営哲学でまず一番に驚くのが、大企業を相手に門前払いを食わせるという所です。

もちろんそれに見合った技術力があっての上での話なのですが、それにしても大企業を相手にそういう態度が取れる人というは少ないのではないでしょうか。

まず、岡野工業には見積書が存在しません。

その理由は、岡野工業が手がける仕事は「今までに無かった」世界初の注文だったり、他の会社が引き受けないようなものばかりで、比較検討が出来ないからです。

それでも発注元の会社は予算を組まなければならないので、ざっくりした予算を打診してきます。

そこで岡野さんはどうするのか?というと、かなり強気な金額を提示するのです。

そして驚くべき事に、その要求に応えられなかった場合は、相手が大企業でも何でも、お断りしてしまいます。

岡野さんは、こうして「相手の本気度」を図っているのだそうです。

ところが逆にこちらが強気に出なければ、どこまでもダンピングさせられる羽目になり、そもそも何のための経営なのか分からなくなってしまう訳です。

ここは腹をくくって、断固として“お客を選ぶ”決断をするのが、会社を衰退させない秘訣なのです。

リスクは資産になる

値引きには一切応じないどころか強気の金額を提示して「嫌ならお断り」という姿勢の岡野さんですが、こういう態度に出れるには やはりそれなりの裏付けがあります。

それは、誰も引き受けないような難しい注文であるという事です。

前例がないような設計というのは、引き受け手が見つからない事が多いのだそうです。

何故かと言うと、やはり失敗する事へのリスクは誰も取りたがらないという事らしいです。

もう一つの理由は、岡野さんは自分の所の技術力への自信も強く持っています。

岡野工業では、設計が完成するまで報酬は一切受け取りません。
開発期間が5年くらいかかっても、です。

では、完成しなかったらどうなるんだろう?と思いますよね。

ところが岡野さんは、その5年は無駄ではないと主張します。

一つの挑戦によって積み上げられたノウハウや経験は、会社の資産になるからです。
その資産は、また別の機会に別の取引先の役に立てる事が出来ます。

そうやって技術力を磨いてきた結果、今の地位を築き上げる事が出来たんだそうです。

「特許」は独占しない!?

積極的にリスクを取りに行って価格では絶対譲らないという話を聞くと、あくまでも大企業と対抗するスタンスなのか?と思いきや、特許の取り方は変わっています。

岡野工業では、独自に特許を取る事はありません。

普通は発明をしたら、全て自分の会社で特許を独占したいと思うものですよね。

ところが岡野工業では、特許は発注元と“共同出願”という形を取っています。

それは何故か・・・?

特許を守る体力が無いからです。

特許というものは、それを守る為に訴訟に割く費用や労力が必要になってきますよね。
つまり、本業以外の事に余計なリソースを持って行かれる訳です。

訴訟が大好きとか、得意分野なら話は別かもしれませんが、岡野さんはそれを良しとしなかったんですね。

むしろ、そういう煩わしい仕事は大企業に任せて、本業に徹したいのだと思います。

ただ“共同出願”にする事にはメリットもあって、大企業の名前があると、特許を調査している人たちの目に留まりやすくなります。

すると、共同出願の相手である「岡野工業」も同時に注目してもらえる事になるのです。

これは強力な営業ツールになりますよね。
世界中にその名前が知られる事になるのですから。

会社を大きくするのは簡単

大企業と対等なのは当たり前で、むしろその資本や規模を利用して営業活動をしたり特許を守ったりする岡野さんですが、大企業に協力するという事も忘れません。

シンクタンクから視察のオファーが来た時などは、取引先を紹介してあげたりしています。

優良な取引先を選ぶだけでなく、その取引先の利益にも貢献する、これが会社が利益を上げ続けられるしくみなんですね。

岡野さんは、会社を大きくするのは簡単だと言います。

むしろ会社を小さく保つ方が、大変な労力が必要なのだそうです。

本当に利益を生み出したかったら、会社の規模が拡大するのを全力で阻止しなければならず、それには相当頭を使う必要があるし、多くの失敗例から学ばなければなりません。

その結果、岡野工業はどんな不況にもビクともしない盤石な経営状態を保ち続けているのです。

町工場のどえらい職人さんが日本の繁栄期を支えてきたという話は良く聞きますが、職人さんが経営面でも研ぎ澄まされていたという事には改めて驚かされました。

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